私が高校生の頃、星好きの友人と望遠鏡や双眼鏡を持ち出して星空観望をしていました。友人は学区外の田舎に住んでいたため、冬の晴天時には驚くほど多くの星を見ることができました。
その頃の私の楽しみは、彼が持っていた7×50のパワフルな双眼鏡でした。友人の150mmの本格的な望遠鏡で見るのも楽しいのですが、両眼で気ままに楽しめる双眼鏡は私の性分に合っていたのです。
大人になってからずいぶんとたくさんの双眼鏡を購入しましたが、晴れた日に玄関先で気軽に星を見られる双眼鏡は今でも重宝しています。双眼鏡があったから星を見る趣味を続けてこられたようなものです。
子どもの頃からの天文ファンである私が、初心者の方のために天体観望用の双眼鏡の選び方について詳しく説明します。
天体観望といえば「天体望遠鏡」が頭に浮かぶと思いますが、初心者が望遠鏡を使いこなすのは意外と大変です。
本格的な天体望遠鏡は架台がしっかりしているため、持ち運びが大変です。さらに組み立ててすぐに使えるわけではなく、いろいろな調整をしなければなりません。
天体望遠鏡は倒立像(上下逆さま)なので、目的の天体を導入するには慣れが必要です。
また、性能がよくなればなるほど、気流の乱れの影響を受けやすくなるため性能を充分に発揮できる日は1年に数えるほどしかありません。
一方、双眼鏡はセッティング不要ですぐに使える手軽さが大きな魅力です。天体望遠鏡と異なり正立像で見えるのと、視界が広いため目的の星を導入するのが楽です。
倍率が低いため手ブレの影響も最小限に抑えられますし、気流の乱れに関してもそれほど影響を受けることはありません。
何より両目で見られるため、長時間使用していても疲れません。
天体望遠鏡を使うことで見える対象や楽しみが格段に増えるのは確かですが、気軽に扱えるという点では双眼鏡の圧勝です。
これらの理由から、星に興味を持ちだした初心者はいきなり天体望遠鏡に進まないで、双眼鏡で星を見ることをおススメします。さらに興味が湧いてきたなら天体望遠鏡に進めばいいからです。
普段天体望遠鏡で写真撮影をするようなベテランの人達も、サブとして双眼鏡を手元に置いていることが多いです。
では、天体観測用の双眼鏡はどのようなものを選べばいいのかについて、詳しく説明します。
星の本や雑誌では天体観測用の双眼鏡として、かつては「7×50(7倍50ミリ)」が定番でした。理由は手で持てる最大口径で、最も明るく見える倍率が7倍だからです。
当時、7×50の双眼鏡で星空を見ると迫力のある像で「パワーがあるなぁ」と感心したものです。
ところが双眼鏡のコーティング技術の向上により光の透過率が高くなり、口径50mmよりも一回り小さい双眼鏡でも同程度の見え方を得られるようになりました。
また、光害(人工の光により夜空が明るくなり星が見えなくなる害)が徐々に増大した結果、7×50の明るさがかえって星を見づらくさせる結果となりました。
そこで現代の日本の環境に適した天体観測向けの双眼鏡には、どのようなものが適しているのかについて説明します。
先述したように従来、天体観測の定番双眼鏡は7×50でした。
天体は淡い光をどれだけ集められるかが勝負なので、口径が大きいほうが有利なのは確かです。手持ち双眼鏡の重量の限界は1.2キロ位なので、自然と口径は50ミリに決まったのです。
また、暗い夜に使用するため人間の瞳孔は最大7ミリまで開きます。7ミリまで開いた瞳孔を充分に活用するために、ひとみ径7ミリの双眼鏡が求められたのです。
ひとみ径は接眼レンズにできる光の円の直径のことです。これが大きいほど「明るい双眼鏡」といえます(ただし人間の瞳孔は7ミリまでしか開かないので、それ以上は無駄になります)。
7×50のひとみ径は、50÷7≒7 で7ミリです。このような理由から、手で持てる最大の口径で最大の明るさを追求すると、7×50が最適と考えられてきました。
しかし、明るさを追求すれば当然、光害の影響も大きく受けることになります。現代の日本では理想的な夜空の見える場所はほとんどないので、ひとみ径7ミリが活かせないということになります。
そこで、あえてひとみ径を4~5ミリに抑えて、バックグラウンドの暗さを際立たせるほうが好まれるようになりました。
上の写真は左がひとみ径5ミリの双眼鏡、右はひとみ径7ミリの双眼鏡で見た星団のイメージです。ひとみ径5ミリのほうが夜空の背景がグッとしまり、星が美しく見えることがわかります。
ちなみにバードウォッチングの定番である8×30(ひとみ径3.75mm)で星を見ると、バックグラウンドが締まりすぎて微光星が見えなくなるので、星には不向きです。
このような理由から現在の天体観測の主流は、口径40mmで倍率が8倍前後の双眼鏡です。
このクラスの双眼鏡は細身のダハプリズムが主流で、持ちやすさと軽量化が大きな特徴です。かつてはダハプリズムの双眼鏡は価格が高いのと高い製造技術が求められていました。
しかし最近では比較的買い求めやすい価格で高性能のダハプリズムの双眼鏡が販売されています。
上の写真の右は名機といわれるツァイスの7×42 dialyt T*P*で、製造から30年以上経過しても素晴らしいシャープな像を結んでくれます。左側はヒノデ光学の8×42 D-1ですが、比較的安価ながら満足できる製品です。
このクラスのダハは、ポロタイプの双眼鏡に比べて持ちやすくて軽いため、天頂付近(頭上)を見るときも安定して使うことができるのが大きなメリットです。
ポロにはダハよりも安価でメリハリのある像が得られるメリットがある反面、口径が40ミリ以上になると筐体が大きくなり重量も増します。
現在の日本で星を見るなら、8×40(製品によって8×42、8.5×42など差があります)のダハプリズムが主流になりつつあることを覚えておきましょう。
星は究極の点像です。星が針の先で突いたような点に見えることが理想です。
しかし、実際に普通の双眼鏡で星を見ると、最も良像が得られる中心部でさえ多少膨らんで見えるものです。
昼間に景色を眺めるならほとんど気にならなかったシャープさが、星を見るときには非常に大切になってきます。
星が好きな人はシャープさに対してシビアなので、ここはなかなか譲れないポイントです。
とはいえ、あまりに追求しすぎると世界最高の双眼鏡を値段を気にせずに購入するしかありません。予算との兼ね合いで、妥協することも必要です。
私の基準は、4等星くらいの星を視野の中心から30%の範囲で見たときにシャープに見えるなら合格と考えるようにしています(下の図の黄色い円の中)。
明るすぎる星を見るとどうしても収差が目立ちますし、周辺像の悪化は避けられないのでそこはいさぎよくあきらめるほうが賢明です。
これは双眼鏡をのぞくとき、対象物を中心部に持ってくるのが普通だからです。双眼鏡の位置を変えずに、眼玉だけ動かして周辺を見ることはほとんどありません。だから、中心部のシャープさだけを私は重視します。
このように最高のシャープさを求めるのではなく、必要な部分にだけシャープさを求めることにより、より買い求めやすい価格の双眼鏡が候補に残るようになります。
初心者が天体用に双眼鏡を購入するときは、ひとみ径が4~6mmの双眼鏡を選ぶようにしましょう。
口径については40mmが理想ですが、私はあまりこだわる必要はないと考えています。
理由は、観測条件のほうが見え方に影響するからです。条件さえよければ、どの口径でもそれなりによく見えます。
例えばコンパクトの5×21は普通は天体用には口径が小さすぎるため不向きと考えられています。しかし、ひとみ径が4ミリもあるので、口径が小さいなりに星空を楽しむことができます。
また、星以外の用途にも使えるようにしておくと、仮に天体に興味がなくなっても双眼鏡が無駄にならないからです。
コンパクト双眼鏡ならコンサートやスポーツ観戦にも便利なので宝の持ち腐れになりません。
最初から40mm級の本格的な双眼鏡を購入してもいいのですが、コンサートやスポーツ観戦などに持ち歩くには不便です。
私は夏の星空を見に行くときは、口径21mm、30㎜、42mmの3台の双眼鏡を持っていくようにしています。
参考までに、良い条件で天の川がそれぞれの口径でどのように見えるかを紹介します。
・21×5(ひとみ径4ミリ)
肉眼よりも見える星の数が断然増えてきます。見える範囲が広いので、肉眼の延長のような感覚です。天の川は分解できないので、雲のようなモヤモヤとした見え方で、これがかえって魅力を感じます。
・30×6(ひとみ径5ミリ)
21mmよりも見える微光星がグッと増えます。大きな星団については周辺の星が分解して見えるようになります。天の川は6割くらいは微光星に分解できますが、まだモヤモヤした部分が残ります。
・42mm×8(ひとみ径5ミリ)
天の川は完全に分解され、無数の微光星からできていることがよくわかります。条件の良い空だとあまりにも多くの星が見えるため、位置をあらかじめ頭に入れておかないと見たい星雲や星団を探すのに戸惑うほどです。
小学生になると星に興味を持つ子どもが増えます(私もその一人でした)。星に向いている双眼鏡はこれまで解説したとおりですが、子ども用の双眼鏡を選ぶときにはもうひとつ、大事なチェックポイントがあります。
それは眼幅の調整範囲です。ほとんどの双眼鏡は、成人向けに作られています。そのため両目の幅は56~72mmの範囲に収まっています。
ところが小学生くらいの子どもだと、双眼鏡の幅を最も縮めても目の幅が不足してうまく双眼鏡を調節できません。
小学2年生の平均が52mmといわれています。双眼鏡を選ぶときは眼幅調整の数字にも注意するようにしましょう。
風景を見るとき以上に、星を見るときは手ブレが気になります。角度が45度よりも高い部分を仰ぎ見るときは、姿勢が不安定になるためになおさらです。
安定してみるためには三脚に固定する方法があります。そのままでは三脚の雲台に乗せられないため、三脚取付用の器具(ビノホルダーとか三脚アダプターと呼ばれる)が必要になります。
たしかに三脚を使用すれば手ブレからは解放されますが、天頂付近を見るときに首を大きく曲げる姿勢を維持しなければなりません。
星が好条件で見えるのは高い位置に上ったときなので、なんともフラストレーションが溜まります。
私のおススメは、キャンプなどで使用するリクライニングシートです。背もたれの部分の角度を変えられるので、ここに寝そべって空を見上げると楽な姿勢で星空を長時間楽しむことができます。
三脚で固定したほどではないにせよ、意外と手ブレを起こしにくいのでおススメです。
まだ双眼鏡で天体を眺めたことのない初心者の方のために、どのような見え方が得られるのかを説明します。
実物を見ながら双眼鏡を買えても、星を見ながら双眼鏡を選ぶわけにはいきません。そこで、私の経験からそれぞれの天体がどのように見えるかを紹介します。
雑誌やポスターなどで使われる天体写真は眼では見えない光を捉えてしまうため、過剰な期待をもって双眼鏡をのぞく初心者が多くいます。
その場合、実物を見るとガッカリしてしまうことになるため、最初にある程度の知識を知ることは大切です。
星は基本的に毎日変わらぬ姿を見せていますが、時には計算で予定されている天文現象があります。それが皆既日食・皆既月食・彗星などのいわゆる天体ショーです。
肉眼でももちろん楽しめますが、双眼鏡があるだけで迫力がまったく異なります。それぞれの天体ショーがどのように見えるかを説明します。
・皆既日食
私が皆既日食を見たのは1998年8月のイランでした。口径100mmの天体用の双眼鏡を持ち込んで気合充分で人生初の皆既日食に挑みました。予想通りの晴天で、最初の挑戦でコロナを見ることができました。
ダイヤモンドリングを肉眼で確認後、双眼鏡をのぞくと絹糸のような真珠色のコロナと真っ黒な月の縁から噴き出すピンク色のプロミネンスをはっきりと確認できました。
周囲の人は写真を撮るのに夢中でしたが、私は双眼鏡で見ることだけに集中しました。20年経過した今でも鮮明に脳裏によみがえるほど最高な体験でした。
・皆既月食
双眼鏡で楽しめる天文現象のナンバーワンといっても過言ではありません。
星空をバックに雪洞(ぼんぼり)のように浮かぶ赤銅色の満月は、双眼鏡で見ると溜息がでるほど美しいです。
皆既日食より長い時間楽しめるのもいいです。
・彗星
たいていの彗星(ほうき星)は暗いので、本格的な望遠鏡を使っても光のシミ程度にしか見えません。しかし、ごくまれに肉眼でも尾が見えるような大型の彗星が出現することがあります。
そんなときは双眼鏡の出番です。太陽のそばに近づくにつれ、条件の良い場所なら長く伸びる彗星の尾をハッキリと確認することができます。
そこそこの大きさの彗星なら双眼鏡でも確認できますが、できるだけ口径は大きいに越したことはありません。最低でも40ミリ以上の双眼鏡を用意するようにしましょう。
・土星の環と木星のガリレオ衛星
天体といえば、今も昔も一番人気は土星の環です。天体望遠鏡を使った観望会でも、行列のできるのは土星の環が見えるときです。
土星の直径は地球の約9倍なので、巨大な惑星です。しかし最接近時でも地球から13億キロも離れているため、高解像度・高倍率の天体望遠鏡でなければリングの存在までは判別できません。
双眼鏡では、恒星とは異なり面積体であることがわかりますが、環のようなでっぱりに気づくのは20倍以上の倍率が必要です。
結論としては、残念ながら手持ちの双眼鏡で土星の輪は確認できません。
同じく巨大な惑星である木星には、ガリレオ衛星と呼ばれる4つの衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)が回っています。名前からわかるとおり、あのガリレオが1610年に望遠鏡を使って確認したとされています。
この4つの衛星は、双眼鏡でも比較的簡単に確認することができます。木星本体の縞は、小さいのと明るすぎて双眼鏡では確認できませんが、周囲を回っている4つの衛星は低倍率の双眼鏡でも見つけられます。
見えないときは、衛星が本体と重なっている可能性が高いです。日を置いても衛星が確認できないようなら、双眼鏡に問題があります。
きらびやかな天体写真のイメージで期待を膨らませる初心者が最もガッカリするのが、星雲・星団です。
でも、私は限界ギリギリの淡い光しか見えない星雲や星団が大好きです。やはりライブで眺める宇宙の姿は格別なものがあります。
大型の星雲やひろがりのある星団は、双眼鏡のほうが望遠鏡よりも適している場合があります。いくつかの具体的な天体の見え方を説明します。
・オリオン星雲(M42)
写真で見るとピンク色の鳥の形に見えますが、40ミリの双眼鏡では青っぽい光に見えます。トラペジウムと呼ばれる中心部の4重星は、7倍でもシャープな双眼鏡なら2~3個に分解できます。
冬の透明度のいいときには普段以上に周辺部分まで見えて驚くことがあります。
・アンドロメダ大星雲(M31)
秋の代表的な銀河です。楕円形の光芒がハッキリとわかるため、傾いた銀河の形を充分に想像させてくれます。
口径20mmでも存在はハッキリわかります。
口径70ミリ以上の天体用の大型双眼鏡で最高の条件下で眺めると、渦の腕の部分を確認できます。宇宙船の窓におでこをつけて観ているかのような錯覚になります。
・二重星団
ペルセウス座にある散開星団で、2つの星団が近くにあるためこのように呼ばれています。双眼鏡で眺めて最も美しい星団の一つです。
そこそこ広がりがあるのと秋の薄い天の川の中に位置するため、双眼鏡で眺めると一層美しさが引き立ちます。
ところで初心者が肉眼で星を見るときに苦労するのが、星座探しです。星図を見ながら実際の空を見ても、星座の尺度がわからずに星と星を結ぶことができないのが原因です。
双眼鏡を使用すると見える星の数は増えますが、増えすぎて混乱したり見える範囲(視界)が狭くなるためかえって星座を見つけることが困難になります。
星座を探すための低倍率で広視界の特殊な単眼鏡が販売されています(写真)。見える星の数が肉眼よりも増えるので、都市部でも星座を見つけやすくなります。
一般的な双眼鏡で星座を探すのは不向きですが、特殊な単眼鏡を使えば星座を見つけやすくなります。
最後に最も注意することをお伝えします。それは、
「絶対に太陽を見ない」
ということです。
肉眼で太陽光を見るのも危険なのに、さらに多くの光を集められる双眼鏡を使って太陽を眺めたら、一瞬であっても失明してしまいます。
日食のときなどに黒いセロハンや下敷きなどをフィルター替わりに使用して双眼鏡でのぞき網膜に障害が残る事例が頻繁に報告されています。
昼間の金星を双眼鏡で見つけるときなどは、太陽のそばに双眼鏡を向けることがあります。私は建物で太陽を遮る場所に立って、万が一にも双眼鏡の視界に太陽が入らないように気をつけています。
子どもに双眼鏡を使用させるときにも、最初に「太陽を見たら目が見えなくなるよ」と充分に注意を促すようにしてください。ふざけ気味の子供には使わせないくらいの態度で臨みましょう。
天体望遠鏡よりも気軽に扱え、肉眼よりもはるかによく見える双眼鏡は、星を見るときにも重宝します。
かつては7×50の双眼鏡の一択でしたが、コーティングや技術の向上により一回り小さい40mmクラスの双眼鏡でも充分に星が見えるようになりました。
天体用に選ぶときは、ひとみ径が4~6ミリの双眼鏡を選ぶようにしましょう。この範囲なら日本の夜空でもバックグラウンドが黒く締まり、きれいな星を眺めることができます。
初心者の場合は、コンサートなど他の用途でも頻繁に使えるような双眼鏡を選ぶといいでしょう。天体に飽きた場合でも、無駄にしないで済むからです。
生で見る天体の光は淡いのですが、天体写真とは違う魅力があります。旅行や帰省などで空の暗い場所へ出かけるときは、ぜひお気に入りの双眼鏡を持っていくようにしましょう。