これまで双眼鏡を購入したことはありますか? おそらくほとんどの人にとって双眼鏡はなじみの薄い商品です。
日常的に使用したり何度も購入経験があれば、相場観ができるため「コスパが良い」「お買い得」などの判断が比較的簡単にできます。
ところが双眼鏡は昔からあるアイテムにもかかわらず、購入経験のある人のほうが圧倒的に少ないのです。そのため何を選んだらいいのか、正しい判断基準を持っていません。
そこにつけこんで、一部の悪意のあるメーカーは粗悪な双眼鏡を堂々と販売し、残念ながらいまだに多くの初心者がだまされてしまいます。
いや、ほとんどの人はだまされたことにも気づきません。なぜなら、本当によく見える双眼鏡を知らないからです。
今回の記事では、このような粗悪な双眼鏡を購入しないための基本的な知識をみなさんにお伝えします。
難しい話は一切ありませんので、一度理解すれば少なくとも買い物で大失敗することは避けられます。
最近はあらゆるものがネット通販で購入できるようになりました。双眼鏡も例外ではなく、多くの人がネットの写真や文字情報を頼りに双眼鏡を選んでいます。
つい10年ほど前までは露骨に粗悪品が売られていましたが、最近は手口がもう少し巧妙になっています。
私が一目で粗悪品と判断できる双眼鏡なのに、レビューの星5つがずらりと並び「喜びの声」が掲載されています。
おそらく購入者は本物のクオリティの双眼鏡を見たことがないために、粗悪な双眼鏡であることに気づかず好意的な評価をしているものと思われます。
このようなことから、購入者のレビューや星の数は残念ながらまったくアテになりません。
ここでは粗悪な双眼鏡を見抜くためのポイントについて詳述します。
「遠くの物(人)を大きく見るために双眼鏡を使うんでしょ? だったら、倍率が高いほうが遠くの物がより大きく見えて好都合じゃないの?」
このように初心者が考えるのもうなづけます。しかし、問題はその「見え方」です。
双眼鏡は対物レンズの口径(のぞく方と反対側についているレンズの直径)によって、集光力(より多くの光を集める能力)や分解能(細かいものを見分ける能力)が決定されます。
そのため、むやみに倍率を高くしても意味がありません。
きちんとした双眼鏡は、適切な倍率が設定されています。適切な倍率とは、明るく鮮明に見えてなおかつ手ブレが少ない倍率です。
・明るく見える双眼鏡の見分け方
口径(目でのぞく方と反対側のレンズの直径)が大きいほうが光を多く取り込むことができるため、同じ倍率でも明るく見えます。
適切な明るさがあるかどうかを判断するための簡単な計算式を紹介します。
接眼レンズから30cmほど離れてみると、レンズに白い円が見えます。これが「ひとみ径」と呼ばれるものです。
この円の直径が大きいほど明るく見えます。この直径は次の式で求められます。
口径mm÷倍率=ひとみ径
たとえば、5倍20mmの双眼鏡なら、
20÷5=4
となるので、ひとみ径は4mmであることがわかります。
カタログで表記される「明るさ」はこのひとみ径を2乗した数字で表されることが多いです。今回の例では明るさは16になります。
まともな双眼鏡なら、ひとみ径は2.5~7mmの範囲に収まっています。これよりひとみ径が小さい双眼鏡は設計段階で無理があるので、購入しないほうが賢明です。
・高倍率ほど手ブレがひどくなる
高倍率の弊害は、視界が暗くなるだけではありません。手ブレも倍率に比例して、ひどくなります。
どんなにしっかりと双眼鏡を構えても、人間の手はわずかに揺れています。8倍までの倍率ならそれほど気になりませんが、12倍になると手ブレがひどすぎて使い物になりません。
もちろん三脚に固定する方法もありますが、三脚を一緒に持ち運びするとなると双眼鏡の良さである機動性が失われてしまいます。
このような理由から、きちんとした手持ちの双眼鏡は5~10倍までに倍率が抑えられています。
・高倍率をウリにした粗悪品の見分け方
かつては「高倍率100倍!」をウリにしたひどい双眼鏡が堂々と販売されていました。
しかし、さすがに消費者もいろいろと検索できる時代になり、100倍はさすがに危険という認識が浸透したようです。
それでも悪徳メーカーはさらに巧妙な手段で消費者をだまそうとしています。実際にネット通販で販売されている中から2つの事例を挙げてみます。
ケース1:表記がおかしい
双眼鏡の基本スペックは「〇×〇」という数字で示されています。「8×30」は8倍30ミリと読み、「倍率が8倍、対物レンズの口径が30ミリ」という意味です。
ここにわざと大きな数字を入れて「30*60」と表記したものがありました。よく見ると「×」ではなく「*」になっているところがポイントです。
初心者でも「〇×〇」の意味くらいは調べられます。そのため、
「おっ、30倍で口径60ミリ! でかいレンズに高倍率だから、高性能に違いない! ポチッ!」
となります。
販売者が提供している写真や情報には、倍率と口径について記載がありません。そこで購入者がレビューに掲載した実際の写真を拡大すると、なんと「10×25」の文字があります。
きちんと「10×25」の双眼鏡として販売すれば問題ないのに、わざわざ紛らわしい30*60という数字を前面に押し出して無知な消費者をだます手口は悪質です。
ちなみにこの「30*60」が何の数字を表したものか、私にはわかりませんでした。
ケース2:12倍の双眼鏡が増えた!
かつての極端な高倍率に代わって増えてきたのが、中途半端な高倍率です。
消費者側に高倍率=高性能という考えが根強いため、一般的な手持ち双眼鏡の5~10倍より一段階高い12倍のラインナップが増えています。
口径20mmのコンパクト双眼鏡で12倍の双眼鏡の場合、明るさの指標となる「ひとみ径」はたったの1.7ミリです。
視界は暗くぼやけて、さらに手ブレがひどくてまともに使えるものではありませんが、何も見えないほどにはひどくないのです。
暗くてぼやけて手ブレがひどいと感じながらも、映像は何とか見えます。他のきちんとした双眼鏡を使用した経験がなければ、良い悪いの判断ができないためそこそこ満足することになります。
いずれにしても、「高倍率」という文字が商品説明にあるなら要注意です。
ビデオカメラやデジタルカメラでは、レンズにズーム機能があるほうが一般的です。広角から望遠までレンズ交換をせずに撮影できるため、ズーム機能は大変便利です。
双眼鏡もビデオカメラやデジタルカメラと同じ光学機器のため、ズーム機能のある双眼鏡のほうが便利に感じる人が多いと思います。
しかし、ズーム機能のついた双眼鏡は絶対に買ってはいけません。
これまでにも有名メーカーが本気でズーム機能を搭載した双眼鏡を開発しようとしたことがあるそうです。長年の試行錯誤の結果、「ズーム付きの良く見える双眼鏡」の製造はあきらめたそうです。
工学設計上、接眼レンズの設計が複雑になるのと像の悪化が著しいため、一流メーカーでさえあきらめた良く見えるズーム付きの双眼鏡を聞いたこともないメーカーが作れるはずがありません。
こちらの写真は実際にホームセンターで売られていたズーム双眼鏡です。
一応、50倍ズームにしてのぞいてみましたが、何を見ているのかすらわからないほど暗く小さなぼやけた視野が見えるだけで、使い物になりませんでした。
ネット上にはズーム機能をウリにした双眼鏡がまだ売られていますが、買わないように注意しましょう。
レンズの素材は光学ガラスです。光はガラスを通過するとき、表面反射によって約4%の光が失われてしまいます。
レンズは両面あるので、たった1枚のレンズを通過するだけで約8%もの光が減ってしまいます。
シンプルな双眼鏡でさえレンズの数だけで4枚以上あるので、せっかく集めた光のうち目に届くまでに30~50%も失われることになります。
これを改善するために考案されたのがレンズコーティングです。コーティングを簡単に説明するとレンズ表面に薄い膜をつけることにより、光の透過率を向上させるためのものです。
レンズのコーティングはグレードや種類によって、反射する色が変化します。コーティングのない粗悪品では、蛍光灯の光を反射させると真っ白になります(写真)。
一般的なコーティングでは緑や薄紫色が多いです。透過率を極限まで高めた多層膜コートでは非常に複雑な反射光で、言葉で表現するのは難しいです。
・マゼンタコートやルビーコートと呼ばれる派手な色のレンズコート
絶対に買ってはいけないのが、真っ赤なレンズコート(通称マゼンタコート、ルビーコート、赤外線カットなどと呼ばれる)の双眼鏡です。
これらの双眼鏡は光の透過率を高めるどころか、像の色味に悪影響を及ぼしています。一体、なんのためにわざわざ手間をかけて見え味を落とすようなコーティングをするのか不思議でなりません。
この手の双眼鏡の特徴は、「軍用」というキャッチフレーズとともに販売されていることです。
私は軍の装備について詳しくはありませんが、見え味を悪くするコーティングをした双眼鏡を軍が採用するわけがありません。
派手なコーティングの双眼鏡にだまされないようにしましょう。
商品説明に「フリーフォーカス」「オートフォーカス」の文字があったら、絶対に選んではいけません。
これらは「自動でピントを調節してくれる優れもの」ではありません。
ピントの調節機能を省いた、どうしようもない双眼鏡です。
一般的なセンターフォーカスと呼ばれる双眼鏡には、中央にピント調節リングが備わっています。
見る対象の距離に合わせてフォーカスリングを回せば両目ともピントが合うようにできています。
ところが「フリーフォーカス」「オートフォーカス」の双眼鏡にはこの大事なピント調節機能がありません。
さらに人間は左右の視力が異なるのが普通です。この調節ができなければ、常にどちらかの焦点が合わない状態となります。これを補正するのが「視度調整リング」です。
視度調整リングは通常右側の接眼レンズについています。
質の悪いことには、粗悪な双眼鏡はこれらの大切なピント調節機能を省いているため、デザイン的には大変スッキリとした印象を与えることができます。
見た目がスタイリッシュで、オートフォーカス(自動調節)と勘違いして購入してしまう初心者の方の心理を突いたひどい商品です。
フリーフォーカスやオートフォーカスをウリにした双眼鏡は絶対に買ってはいけません。
これまで絶対に買ってはいけない双眼鏡の特徴について説明しました。これらの情報をもう一度まとめてみます。
12倍以上の高倍率をウリにした双眼鏡
手持ち双眼鏡は10倍までが普通で、初心者は8倍までに抑えておくほうが無難です。
ズーム機能を搭載した双眼鏡
絶対によく見えないので買ってはいけません。
派手なレンズコートの双眼鏡
百害あって一利なしです。
フリーフォーカスやオートフォーカスの双眼鏡
ピント調節機能を省いただけです。
まずは、これらの特徴がひとつでもあるようなら候補から外しましょう。
反対に、良い双眼鏡の特徴はこれらの真逆の要素を持っています。
倍率は5~8倍あたりを選んでおけば大丈夫です。
まともな双眼鏡の口径と倍率の組み合わせは、いたって平凡です。前述したひとみ径を求める式を使うと、2.5~7mmの範囲に収まっています。
明るさについては、もうひとつ簡単に確かめる方法があります。双眼鏡を明るい方向に向けて、接眼レンズ方向からやや離してみるとレンズに白い円ができます(ひとみ)。
この円の形が欠けのない円形であれば、それはBaK4(またはさらに高価なSK15)という屈折率の高い材料を使ったプリズムを使用している証拠です。
これがBK7という材料を使うと、この円に薄暗い縁欠けができます(写真)。これはプリズム内部で光をすべて反射できていない証拠です。
ひと昔前は標準的な硝材でしたが、現在はBaK4が主流になっています。
同じ口径・倍率でも内部に使われているプリズムの材料によって明るさが異なるため、実際に手に取ることができるなら確認しておきましょう(カタログにBak4と記載されていれば問題ありません)。
ズーム双眼鏡=怪しい、と考えて間違いありません。そのため双眼鏡は固定倍率に限ります。
双眼鏡に「8×30」と表記されていたら、最初の数字(8)が倍率を示します。
倍率について簡単に説明します。たとえば、8倍は「対象物を8分の1の距離から肉眼で見た大きさに見える」という意味です。
コンサート会場で席からステージまで100m離れているとき、8倍の双眼鏡を使うと12.5mの距離から肉眼で見る大きさに見える、ということになります。
実際の見え味は口径、設計、光学性能などに大きく左右されます。あくまでも見かけの大きさの話です。
コーティングのグレードはパッと見ただけでは判断が難しいです。
しかし、一般的には反射光が単色よりも複雑な色のほうが透過率が高いので、蛍光灯などの光を表面に当ててみて確認してみましょう。
ホームセンターなどで売られている安い双眼鏡では、コーティングをまったくしていないものが目立ちます。
蛍光灯に光を当てると、鏡のように蛍光灯が反射します(光が透過していない)。
また、派手な赤や黄色のコーティングが施されているものは避けるようにしなければなりません。
カタログにおけるコーティングの仕様について、いくつかの表現があるので簡単に説明しておきます。
・モノコート(シングルコート)
レンズ表面に一層だけのコーティングをしているもの。コーティングはしてあるが、光の透過率はそれほど高くない。光のうち特定の色だけを通すため、色のバランスが崩れる(青みがかったりする)。
・マルチコート
多層膜のコーティング。多層といっても2層~7層以上までグレードがさまざまである。層が増えるほど、反射光が複雑な色になる。
・フルマルチコート(フーリーマルチコート)
レンズ全面に多層膜コートをしている、という意味。
・フラットマルチ
レンズやプリズムによって異なる質のコーティングをして全体で光の透過率を高める手法。マルチコートの中の高級版。
双眼鏡の光学原理は100年前から変わっていませんが、コーティングの技術だけは日進月歩で、各社独自の呼称でカタログに記載していることも多いです。
光の透過率を高めるだけでなく、汚れをつきにくくする機能性を高めたコーティングも一部の高級機に採用されています。
左右視力差を補正する視度調節リングやピントを合わせるためのフォーカスリングは双眼鏡に必須の機能です。
これらのパーツがない粗悪な双眼鏡であるにもかかわらず、「オートフォーカス」や「フリーフォーカス」などの名前をつけて、さも自動でピントが合うかのように宣伝するような悪徳業者には注意しなければいけません。
ほとんどの人は双眼鏡を何度も購入した経験がないため、相場観を持っていません。そのため、自分が購入を検討している双眼鏡が実際の価値に比べて高いのか安いのかを判断することができません。
双眼鏡といってもピンからキリまであります。中国製の双眼鏡のレベルが向上しているので、安価な価格帯でも満足できる性能を持った商品が目立つようになりました。
一方、ツアイス、ライカ、スワロフスキーの最高級ブランドのフラッグシップモデルには30万円を超えるものもあります。
大まかな話をすると、4,000円未満の価格帯にはほとんどまともな商品はありません。
コンパクト(口径20~25mm)なら5,000円前後から使える双眼鏡が登場するようになります。
口径30mmなら2万円あたりから、口径40mmなら3万円台後半くらいからが標準的な価格帯になります。
上記の価格はあくまでも目安です。先述したように、中国製の品質向上が著しく安価で満足できる双眼鏡が増えているため、安いから悪いとも言えなくなってきています。
ほとんどの人は双眼鏡の購入経験がないため、粗悪品を選んでしまうケースが非常に多いです。それだけでなく、そもそも粗悪品であることにすら気がつかないのです。
それらの粗悪品の商品説明によく使われるキーワードに注意することで、大失敗を避けることができます。高倍率・ズーム・派手なコーティング・フリーフォーカスなどの文言はその典型です。
良い双眼鏡を選ぶには、これらの宣伝文句を使用していない双眼鏡から選ぶことが第一歩になります。
きちんとした商品を作るには想像以上に手間がかかるものです。極端に安い商品は「何かおかしい」と思って間違いありません。
ただし、最近は中国製の品質が向上したため、従来の相場よりも安い値段でまっとうな品質の双眼鏡が売られるようになっているのも事実です。
コンサート会場などできちんとした双眼鏡を使うと、肉眼では見えないようなものがハッキリと見えるようになり、楽しみが倍増します。しっかりと勉強して、満足できる商品を選べるようになりましょう。